
アメリカ、2003年、139分
監督・脚本 ピーター・ウィアー
出演 ラッセル・クロウ
ポール・ベタニー
マックス・パーキス
ジェームズ・ダーシー
マックス・ベニッツ
配給 ブエナ ビスタ インターナショナル
原作 パトリック・オブライアン
公式サイト
[あらすじ]
舞台はヨーロッパがナポレオンの脅威にさらされている19世紀初頭。
兵力補充のために幼い少年まで戦場に送り込む英国海軍にあって、伝説的な名艦長と畏敬される男ジャック・オーブリーが、彼の率いるサプライズ号乗組員と共に、敵国フランスに属する強力な私掠船アケロン号を相手に追いつ追われつの戦いを繰り広げる……というお話です。
原作はP・オブライアンによる同名の歴史小説。
[review]
ストーリー自体は「艦対艦の追いかけっこ」という非常にシンプルな流れですが、その単純さのぶん余力を細部にこだわることへ費やしており、きわめて密度の高い映像構築に成功しています。当時の「軍船生活」のディテール再現をここまで徹底した作品はこれまで無かったのではないでしょうか。
たしかにこれならアカデミーの賞レースにも引っ張り出されるわな。
出演俳優のほうも主役がラッセル・クロウですから、芯がどっしり落ち着いて不安感はありません。劇中に何度かある戦闘シーンでは、まさに海のグラディエーターといった貫禄を見せてくれます。
また、宣伝では客受けをよくするために可愛らしい少年兵をプッシュしていますが、実際に観るときはむしろオーブリー艦長の親友であるマチュリン船医を演じたイギリス人俳優ポール・ベタニーに注目しましょう。「ロック・ユー!」「ビューティフル・マインド」で素晴らしく印象的な狂言回しの役を果たしてきた彼が、これでまたグンと株を上げたことは確実です。
追記:
そういえばクロウとベタニーって「ビューティフル・マインド」つながりのコンビか。いま気づいた(^^;
深夜、テレ東にてアニメ『マリア様がみてる』第8話を視聴。観賞後、Googleにて思いつくままのキーワードであれこれ検索してみました。
はじめはキャラやストーリー背景などの関連情報を漁っていたのですが、そのうち次第にあらぬ方向へ脱線。聖母マリア黒人説やら隠れキリシタンやら歴史文化系のネタをあれこれ経たあげく、ふとした拍子で「上杉謙信 女性説」というトピックに行き着いてしまいました。(どういう拍子だ)
とりあえず分かりやすくまとまったレファレンスはこちら。↓
・上杉謙信は男装の麗人!? [戦国質問箱]
・上杉謙信女性説 [とんでも?仮説]
・上杉謙信は女性!? [うぇあ工房]
あくまでも文献資料の表記の隙間や不明点をつついたアクロバティックな奇想珍説のレベルではありますが、個人的にこういう「定説をあえて灰色に近づけてみるチャレンジ」は大好き。
最終的にこの説を肯定するにせよ否定するにせよ、その過程で当時の武家階級の在り方をちょっと意識して勉強できるだけでも有益だと思います。たしかに言われてみれば一国一城の主が男「でなくてはならない」のは江戸期になってからなんですよねぇ。
ちなみに、この説の言い出しっぺの八切止夫(やぎりとめお)先生は、今は亡き異色の歴史作家。
他にも本能寺の変で明智光秀にはアリバイがあった=光秀冤罪説など、数々の異説を唱えていたそうです。
学術的には八切史観そのものを全面支持することは出来ませんが、読み物のアイディアとして考えれば、とても面白く、心惹かれます。
[参照]
八切止夫 先生 略歴&関連リンク集
八切止夫作品集 (「信長殺し、光秀ではない」などが無料で読める)
夜。
テレビ東京にチャンネルを合わせる。
三池崇史が監督のTVサスペンスドラマ「女と愛とミステリー松坂慶子スペシャル パートタイム探偵(02)あの主婦探偵が復活!殺人犯はワインの香りセクシー(秘)七変化危機一髪!」で主人公が「キル・ビル」のコスプレをして刀を振り回しているのを見かけてガックリ脱力する。
ほんまに何でもありやな、あの監督。
藤田センセの絵には健康的なエロスがあるなぁ(笑)
『暁の歌』
『からくりサーカス』第31巻
『餓狼伝』第15巻
以下、それぞれの感想など。
暁の歌 (藤田和日郎短編集)
作者 藤田和日郎
発行 小学館 少年サンデーコミックス
価格 390円(税抜)
もはや御大といった風格すら出てきた藤田センセが、ありあまる作劇能力をいつも通り徹底したエンターテインメントのために費やして織り上げた上質の短編集です。
昨今、煮詰まったメンタリティを看板に掲げる少年漫画家は山ほどいますが、そのぶん健全な精神に踏みとどまったまま人間の狂気や暗黒へ踏み込んで遊びを見せてくれる「オトナ」な視点の作家というのは希有になりつつあるように思います。
藤田センセは、確実にその希有にして貴重な漫画家のひとりであると評して過言ではないでしょう。
本巻の収録タイトルは以下の計4編。
銃弾をかわし一瞬のうちに敵を倒す格闘術の使い手である老人が、自分のデータをもとに生み出された米軍秘蔵の兵士と対決する「瞬撃の虚空」。
異端の男が暴虐な女王の操る超兵器の攻撃を防ぐため、陰で人知れず命を賭ける異色作「空に羽が…」。
滅亡の危機に瀕した地球で、ひとりのヘタレ高校生が宇宙を股にかける武器商人の女性からトンデモな商品を買いまくるSFコメディ「ゲメル宇宙武器店」。
美食追求のために国民を苦しめる王に復讐を誓った娘が、毒に身を浸して自分を喰わせようとするアラビアン・ファンタジー「美食王の到着」。
リベリオン好きとしては「瞬撃の虚空」も捨てがたいのですが、あえて白眉を挙げるとすればやはり「美食王の到着」でしょうか。
『からくりサーカス』で培ったショー的演出をさらに舞台劇の方向へ押し広げ、漫画の世界に戯曲の方法論を持ち込んでいます。これが良い具合に物語からカニバリズムの色を抜いて、不快感の全くないお伽噺然とした絵面を展開する役を担っているのです。
さらにプロットには読み切り短編とは思えぬヒネリがかかってある種のミステリ的な趣まで加えられており、単純なジャンル分類を許さぬ内容に仕上がっています。
というか、こんなご託を百万言並べ立てるよりも、実際読んでクライマックスの見開き絵のインパクトでひっくり返るのが一番なんですが(^^;
はっちゃけてるなぁ、藤田センセ。
からくりサーカス (31)
作者 藤田和日郎
発行 小学館 少年サンデーコミックス
価格 390円(税抜)
んでもって、上で同じく藤田和日郎センセの新刊。
前々巻でとうとうしろがねとナルミが再会──そして本巻では、感情を活かしている側と抑制している側の相克を、連載の序盤とは逆転した構図で描くところまでたどり着きました。長い長い旅を経て、物語がまさに折り返し地点を越えたことを読者に実感させるこのドラマツルギー。いやはや、本当に凄いもんです。
また、『からくりサーカス』では、藤田センセのテキスト面での実力にも気づかされます。劇中で苦悩するしろがねの哀切に満ちたモノローグはほとんど演劇の脚本か本格的な文芸作品の調子で、「この先生そのうち小説でも書き出すんじゃなかろうか」と感じ入ってしまいました。
この先も楽しみです。
餓狼伝 (15)
作者 板垣恵介
原作 夢枕獏
発行 講談社 アッパーズKC
この漫画家さんは消化試合でも濃度を下げないのだなぁ、とコマのすみずみまで染み渡っている板垣テイストを味わってニヤニヤしてしまいました。あと、刃牙はけっきょく最大トーナメントがピークだったのだという事実を再確認。
追記:
なんでも『餓狼伝BOY』のガイド本で板垣氏いわく
> 『これじゃあ今の文七より強いじゃないか』
> なんて矛盾が起こっても構わない。
> 面白くさえすれば読者は納得してくれるだろうと。
とのこと。
ああ、やっぱり論理的整合性など板垣イズム的娯楽の前では路傍の石ころ程度のものなのだ。うひぃ。
「桜見丘」 唄:LocalBus(ローカル・バス)
もうすぐゲーム版が発売のアニメ『ポポロクロイス 月の掟の冒険』のエンディングテーマ。
こちらのムービーの1分26秒あたりから一部が流れるので試聴代わりになります。(ただしムービー内の歌詞は2番)
日曜午前のテレビ視聴タイムのなかで、普段は見ていないポポロクロイスに偶然チャンネルを合わせて、ぼけーっとEDまで見ていたのですよ。そうしたらこの曲が耳に入ってきて、自分でも理由がよく分からないツボに激しくハマってしまったのでした。
ああいかん、「バイバイ 君を愛した日」のくだりが朝から脳内でリピートされまくって止まらない止まらない止まらにゃーい。
CDはゲームのリリースに併せて3月17日発売との事。
来月のお買い物リストのトップに上げとこう。
追記:
主人公ピノンのキャストって南央美さんだったんですな。
とはいえ僕は声優オタクではなくエロアニメオタクであるがゆえに南央美ボイスを耳にすればまず真っ先に「淫獣学園の中の人か」と考えては首をくくりたくなる病気を患っているのです。バカばっか。
「愛天使伝説ウェディングピーチ」英語公式サイトがオープン
ADV FILMSより発売のDVDリリースに合わせたサイト開設のようです。
いや、「ウェP」自体について特にどうこう述べる気はないんですが(^^;
海外では10年近く前のシリーズでも、やっぱりこうして「新しい」商品としてお店の棚に並ぶんだよなぁ、という不思議な感覚を抱かずにはいられません。
欧米では20世紀末からこちら、日本で放映中の新作アニメと10年単位の以前に終わった古いアニメがいっしょくたにどんどん流入しているんですよね。本家の日本なら「当時リアルタイムで観ていた人」という客層が時系列を作り出していますが、海外では大半の鑑賞者が旧時代と新時代の波をいっぺんにひっかぶる混沌とした供給状態にあるわけです。いうなれば「燃えよドラゴン」と「マトリックス」が同時期の商品として売り出されるところに直面するようなもので、とても興味深い状況です。
向こうのアニメ鑑賞者はこの混沌とした情報の奔流をどのように処理して、どのような意識を形成しているんだろうかと、あれこれ想像をかきたてられます。
追記:
でも、技術的な問題で言えば、小品を量産乱造しまくるアニメバブルのツケがたたって、この5年ほどクオリティ水準は横ばいの状態→90年代中半以降のTVアニメは現在最新の作品と並べてもほとんど遜色ないというのが哀しくもあったり。
ただひとつ明確に識別できるのはデジタル塗りや視覚効果の推移なんですが、それが果たして「進歩」になってるかどうか??
夕食のおでんをハグハグと口に入れながら、BGMのためにテレビをON。ちょうど日テレで日本アカデミー賞授賞式の様子が流れていたのでそのまま視聴。『壬生義士伝』でガチガチに固めたアングルでがっくり脱力する。
しかしこのあからさまな出来レース臭はどうにかならんものか。いや、本家アカデミー賞だってどっこいどっこいだけどよ。
だいたいこれ、収録番組なんだよねー。各部門の受賞結果についてはすでに各種媒体で先行報道がされてるし、純娯楽系のボンクラ映画が栄冠を頂くわけでもないのでとくに感慨は沸かず。『ゲロッパ』は個人的に監督憎けりゃ映画も憎いので目の外に置いてたし……って、そこまで言うならとっととチャンネル変えろっつう話だけどな。
でも福本清三さんが協会特別賞をもらったのは喜ぶ現金なワタクシ。
ただ、『ラストサムライ』関係の盛り上がり全般に言えることだけど、「ハリウッドが認めた!」からの逆照射で慌ててスポットライトを当てるのって「これまで私たちには見る目がありませんでした」って告白してるようなもんだぞ。『鞍馬天狗』からこちら45年間ずーっと時代劇を縁の下で支え続けてきた人を、今になってようやく評価したきっかけがハリウッド映画に出演したからってどういう事よ。
『剣豪 その流派と名刀』 牧秀彦 光文社新書
小説、映画、コミック、ゲーム……媒体を問わずお侍さんの出てくるフィクション作品が数あるなか、物語設定を作り込むうえで不可分要素といっても過言ではない「流派」と「刀」に着目し、その有名どころの由来や逸話を概説した一冊です。
まず剣術流派の章では念流、中条流、新陰流、一刀流など剣豪を生み出した室町時代〜戦国を経て江戸時代に加え、維新後に設けられた警視庁流(明治)や夢想神伝流(昭和)まであわせて50流派を取り上げています。なかには中川流や山田流など、様剣術(ためしけんじゅつ)といって、試し切りを専門とする流派なんてのも紹介されていました。
それにしてもこうして時系列順に列挙してみると、流派どうしで人的および技術的な交流(もしくは衝突)がとても活発だったことが分かり面白いですねえ。
また、剣術や芸能などの師弟システムが日本における非血統主義的「家名主義」(=有能なものであれば後継は養子、つまり外の血の混入でも構わない)の土壌に重なって見えて、いろいろ考えどころもありました。
そして、後半は名刀編。
平安時代から江戸時代までのスパンで、大原安綱の「童子切」や青江恒次の「数珠丸」を代表にしたいわゆる天下五剣とよばれるものを筆頭に、新撰組関係でおなじみのノサダや菊一文字などなど、メジャーな50の名刀についてそれぞれの刀鍛冶を軸にして語られています。
合間に余談的に挟まる小さなコラムもちょっとした豆知識で、フィクションで良くネタに使われるミネ打ちや馬上戦法、刀の手入れ(時代劇でよく刀身にポンポンと粉を振っているアレ)などの実際について簡潔にまとめてあり、良い参考になります。
全体的にかなり広く浅くの観があるので恐らくその筋のマニアには食い足らないとは思いますが、僕のような素人が時代モノのサブテキストとして使うには手軽で良い感じです。
追記:
うーん、そういえば西洋ではどうなんだろう??
日本のように「●●●流」なんて看板をアタマに乗せて、戦闘技術をプライベートに体系化して派閥を設け、継承させていく風習ってあるのかなぁ? さらに「ツバメ返し!」みたいに、技に固有名詞を付けるのは?
日頃ネットで遊びまくってる割に、思えばこういうフリーゲームの類は全然利用してなかったなぁと気づいてふらふらと手当たり次第に漁ってました。
以下、いろんな意味で琴線に触れたものを紹介。
ブッシュ シュートアウト!(Bush Shoot-out!)
ある意味で時事ネタ。
ホワイトハウスを襲撃してきたテロリスト軍団を武装したブッシュ大統領がひとりで撃退するガンシューティングです。
あ、いや、ひとりじゃないか。第2面ですげぇ助っ人が登場するわ。
Droom
密室で目を覚ました男が、その場にあるアイテムを駆使して脱出を図るアドベンチャー。
行動(クリック)数の多少によってエンディングが変化します。
CRIMSON ROOM
本日のオススメ。
発想は上に挙げた「Droom」と同系統ですが、こちらはストーリー性を完全に排してシチュエーションを味わうことに専念する構成。ビジュアルが非常にシャープで、どこか古典ビデオゲームの香りを漂わせる絵面です。
手順さえ分かっていればものの2〜3分でクリアできますが、ファーストプレイではおそらく1時間前後を費やすことになると思います。アイテムの配置がひじょーに意地悪くて、まさに重箱の隅をつつかなくてはならないためです。とくに電池、金属の棒、指輪の片割れを見つけ出すのがひと苦労でした。
密室船
登場人物は全員「2ちゃんねる」のAAキャラ。
出入り口を封じられた豪華客船で起きる殺人事件の謎を追うミステリ風ADVゲームです。
閉鎖空間ものって大好き。
ビール片手に友人Sが言い放った夢あふれる提言。
「エロゲの発売延期はもう古い。これからは発売日前倒しの時代が来るね」
お兄さま、涙で前が見えません。
てなわけで、とうとうkeyの新作が公式サイトにて発売予定日の公表とあいなりました。
>CLANNADの発売日決定!
>2004年4月28日(水) 発売
>DVD-ROM 8,800円
>(CD-ROMでの販売はありません)
>恋愛AVG/全年齢対象
全年齢対象
全年齢対象
全年齢対象
わぁい。
とうとうやりやがったー。
いやまあ、はなっからkeyにはポルノ産業従事者としてのエロゲー製作スタンスなど無かったしkeyファンの方もそこは求めてないんで、これはむしろ必然の運びではあるんですが。
……でもやっぱり、忸怩たる気分がありますねぇ(^^;
ここ5、6年のエロゲー市場のメインストリームの変遷は、一言でいうと「シナリオの肥大によってエロを副次化する流れ」だったわけですが、とうとうその発端ともなったkey自身によって究極体が生産されてしまいました。すなわち、「やらんで売れるならエロはやらない」ということ(^^; うわぁ。
うーん、あとから18禁版を出すとか……は、やらないかなぁ。
[参照]
クロマティ高校によるCLANNAD(クラナド)予想
以前出回った有名なコラ。
ページは右上→真ん中上→左上→右下……という順でお読み下さい。
ちなみに、これはたしか出典はWMA(世界窓協会)さんだったと記憶してます。
いやぁ、大変だ大変だ(^^;
特捜戦隊デカレンジャー
本日より放映スタートした戦隊ヒーロー番組です。
お話自体も往年の刑事ドラマのフォーマットで「MIB(メン・イン・ブラック)」をパロディするなど非常におもしろいんですが……
戦闘シーンでレッドがいきなり「ジュウクンドー!」とか言って二丁拳銃の両腕交差撃ち・拡げ撃ちと格闘アクションを組み合わせたガンプレイを!
って、これガン=カタそのまんまだぁぁ!!
まさか日曜朝の7時台からここまで露骨なジョン・ウー&「リベリオン」リスペクトが見られるとは。驚いた。
参考:公式サイト・人物紹介
宇宙警察銃挙法……
実質的には「ちょっとした工夫」なんだろうけど、感心させられました。
PCゲーム/18禁
『お嬢様イケませんっ!』
発売 2004/02/06
ブランド れっどしぐなる
メディア CD-ROM2枚組
対応OS Windows98/Me/2000/XP
[あらすじ]
若き医学生の主人公は、夏休みを目前にしたある日、ゼミの教授から知りあいの富豪の家で家庭教師をしてみないかと誘われる。とりあえず雇い主のもとへ行ってみた主人公だったが、そこで求められたのは、なんとその家のお嬢様に正しい性教育を施すという仕事だった。
純真な箱入り娘を生徒にして授業を進めるうち、欲求がエスカレートした主人公は知識を教えるだけでなく、身体を使った「実践」へと移っていく……
[review]
製作はトラヴュランスの姉妹ブランドにあたるらしい、れっどしぐなるというメーカーさん。
全体的に小粒ながら、明確に"えろげー"としてのシチュエーションを足場にしている誠実な内容構成が好感を持てるタイトルです。
なかなか面白い特徴は、お嬢様に性教育を施すというストーリーの過程をシステムレベルで反映させて組み込んでいる点。具体的にいうと、たとえば男性器・女性器について講義するなかでヒロインにどういう名称を教えるか(「陰茎」「ペ●ス」「おチ●●ン」等から)選択すると、それに応じて以後ヒロインは台詞のなかでその単語を使うようになるのです。しかもどんな単語を選んでも、すべてちゃんとボイス付きで言ってくれる。これはインパクトが強いです。
したがってプレイヤーとしては、清楚で可憐なヒロインに思いっきり卑猥な単語を教えて、その娘がことあるごとに真顔でそのコトバを口にするギャップに興奮するなり笑うなりするというのが主な楽しみになってきます。
いちおう物語のルート展開のための「ふつうの選択肢」もありますが、こちらはあくまでADVゲームの体裁を保つためのもの程度。途中経過のフラグ成立ではなく、まず冒頭でいきなりヒロインを選択できるあたり、作り手がプレイヤーに供給したい娯楽性が何処にあるのかがはっきりしています。
殆どのADVの場合、ゲームの応答性というのはシナリオ選択・場面の変化にあるわけですが、この作品ではキャラの語彙に対する干渉をプレイヤーの権利としています。いわゆる「言葉責め」の亜種と考えられる演出かもしれません。
ようするに、これは一種の卑語フェチにアピールするためのゲームなわけですね。
ひとつの作品としては量的な不足感からかなり不完全燃焼の気味はありますが、「ボイス付きエロゲーの威力追求」の形として非常に興味深い示唆を含んでいますので、記憶に留めておきたいタイトルです。
どうしてアニメに出てくるアメリカ人の女の子は大きなオッパイをしてるんですか?
リンク先はAnimanationで同サイトのご意見番ジョン氏が担当している米国アニメファン向けの一問一答コーナー「Ask John」(02/14付)。
上の質問に対するジョン氏の答えは「そりゃ現実の反映です」とバッサリ。うひぃ。
いやまあ、文化的ステレオタイプとか、いろいろ真面目に考えるべき要素はあるんでしょうけどね(^^;
人間関係の在り方は、よく演劇に例えられることがあります。
それは例えばAさんという人物がいたとして、彼は生活のなかで他人と向かい合う局面ごとに、相手によって時には「父親」役を演じ、また別の相手には「子供」役を演じ、「夫」役を演じ、「兄弟」役、「友人」役……とさまざまなロールプレイをすることで自分の社会的文脈の網目を構築しているのだ──といったような理解の仕方です。
しかし、そうした社会的人間の演劇的把握というやつは、比喩として非常に分かりやすい反面、どうしても「演じる」という観念に「虚構性(→嘘ごと)」のネガティブ・イメージがついてまわるため、心情的にやや空虚な人間描写に行き着くきらいがあってむなしい感じを強いられます。「個人から全ての仮面をはぎとったところには何の顔も残らない」というのは説得力はあるかもしれませんが、ちょっと寂しい。
というか、そもそも演劇性が上に立って人間の主体が規定される世界という前提は、古代ギリシャ悲劇からシェイクスピアまで連綿と続いてきた「この世は一つの劇場にすぎぬ。人間のなすところは一場の演劇なり」という西洋由来の作業仮説が採用されているだけで、なにごとか確定した真理というわけでもないと思います。
なので、僕としては、あえてまず最初に人間ありきとして考えたいのです。
たとえば、我々は目の前にあるリンゴをつかむために手を動かし、目的地へ移動するために足を動かし、空を仰いで目を見開き、美しい歌を聴くために耳をそばだて……というふうに身の回りの世界と関わり合って生きています。これは我々が物理的必要に応じて身体の中で可動を許す部分の機能を使っているのであり、決してその逆ではありません。生活の中で人間は手という「機能」を用いますが、だからといって手の働きだけによってその時その場の人格全体が決めつけられるわけではないのです。
また、手振り足振りして全身のさまざまな箇所を同時に激しく動かす踊りのごとく、人間の身体各部分はつねに同時活動をする総体としてダイナミズムを持っており、「一度に一つの役割」という呪縛にこだわる必要もありません。
ですから、多様な機能を同時的に駆使して身体を動かしている人間──これを比喩として、物理的実体であるAさんが、自分や自分につながる他者のために「父」機能、「夫」機能、「友人」機能を包括しながら駆使して相手とお互いに関わり合っていく……なんていう観点も、人間の社会生活を視野に収める際の、ひとつの方策ではないでしょうか。
それはつまり、さまざまな人間を演じる無貌の人形ではなく、「ひとりの人間」というものがまず在って、それが手を動かし足を動かすようにさまざまな関係機能を対応させている、という見方をしてみたいという事です。そこで人と人との交流はまさに「触れあい」であり、握手をする図、抱擁する図、殴り合う図、ぶつかり合う図に例えることができるでしょう。熱血教師が生徒に「体当たりで」教えるというのは、この意味においてとても実際的な表現なのです(笑)
以上、ちょっと感傷的すぎる論ではありますが、社会心理学や精神分析の教義に背骨をへし折られるばかりが人間関係じゃないと思うので、つらつらとたわごとを述べてみた次第です。
トールキンのひ孫、映画「ロード・オブ・ザ・リング」を支持 [gooニュース]
よ、よかった……
『ネバー・エンディング・ストーリー』のような事にならなくて本当によかった……
[参考]
1984年製作の西独・米国合作映画「ネバー〜」は、そのテーマが原作「果てしない物語」の意図するところとあまりに違うとして、著者ミヒャエル・エンデが猛抗議。クレジットから自分の名前を外すよう要求するという根本的なケチが付いてしまい、"呪われた映画化作品"の代表例となった。
身内のトラブルでちょいと周りがゴタつき気味。
当方への波及の度合いによっては、少しのあいだサイトの更新頻度が落ちるかもです。
何事もなく更新し続ける可能性もありますが。
追記:
日本語ラップはやっぱり変だ。ダジャレに聞こえるせいか。
慣れればたまらないモノがありそうな気もしないではないけど。ちぇけら。
アニメで北米版というと真っ先に「モザイクなし?」と聞き返すワタクシはダメ人間。
『あずまんが大王』英語DUB(吹き替え)入りDVDが今春発売 [ADV Films]
米国ですので、規格はリージョン1になりますね。
2002年、日本での放映時にほぼリアルタイムでファンサブ(ファン有志による字幕)のムービーファイルが出回った結果、海外オタク層に大きな支持を受けた本シリーズが、とうとう公式の商業パッケージで米国アニメ市場に出る事となりました。
ネットで海外のアニメファンのフォーラムなどをのぞいてみると、みなさん「ようやく実現したか!」との感慨のようです。
なお、現在のトレイラー(予告編)ではゆかり先生が作品の説明をしています。
声優さんも全然違和感がなく、盤石の体勢で望む模様。
ちよちゃんの「Cooking is so fun(=「つくりましょー」の歌)」もいい感じです(笑)
『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』の先行上映を観賞。
いやあ、ものすげぇ物量戦ムービーだわ。あまりの動的快楽とストーリーテリングにお腹いっぱいで、しばらく映画館に行けそうにないです(^^;
内容については何を語ってもヤボになりそうなんですが、とりあえず「サム最高」とだけ。
もはや愛だな、あれは。
……いかん、疲れ果てて脳みそが動かない。今日はもう休もう。きゅう。
追記:
僕は70年代も終わりにさしかかった頃に生まれた人間として、ずっと「スターウォーズ」初作を劇場で観ることができなかったのがひとつの口惜しみになっているんですが、この指輪物語三部作の"祭り"にはしっかりと居合わせることが出来ました。非常な幸運だと神に感謝します。ありがてぇ。
今日も今日とて睡眠の時間帯をエロゲプレイに割り当てるおサルな生活。
友達には「そんな二次元ジャンキーな生き方してたら本格的にダメになる。エロビデオ観なさい、エロビデオを」と説教されちゃいました。てへり。
以下は最近プレイした中から思うところのあったモノ。
『もけもけ大正電動娘ARISA』
『Say Yah! 2003』
『SHUFFLE!』
で、その雑感も付記しておきます。↓
サクラ大戦ですら時を"太正時代"と架空にするくらいの遠慮はあったというのに……(^^;
もけもけ大正電動娘ARISA
角川とつながりのある新ブランドが『ななか6/17』の八神健センセを原画に迎えたメディアミックス含みのタイトル。既に少年エースでの漫画連載が発表されてます。
物語の舞台は大正時代。義妹と共にカフェの経営をしている若者のもとに、ある日突然アンドロイドが空から降ってきたからさぁ大変。彼女を狙う軍隊の魔の手が迫ってきて……という、なんとも80年代〜90年代のライトノベル原始時代を彷彿とさせる内容で、こんなところまで角川テイストで満たさんでもええやんけ、という感じではありました。
……と、ここまではご愛敬ですむんですが、劇中に出てきたキャラや場面、設定の丸投げをしていたり、よりにもよってメインヒロインの扱いだけオチの付け方を踏み外していたりと内容の組み立てに難があるのはいただけません。主人公の父親はけっきょく何だったんだろうか(^^;
他媒体での展開を視野に入れてるとしても、単体での完成度を破綻させない方法はいくらでもあるはずですし、どうもこれはノウハウやリサーチの不足を認識せずに「とりあえずエロゲを作ってみた」結果のミソなのかもしれません。
で、そのへんのツケがまわって、けっきょく発売して一週間と経たずに回収騒ぎが起きてます。
どうもパッケージ裏に「お兄ちゃん」という表記があったのがマズかったようですね。ソフ倫規定では義理でも「兄」「妹」ではアウトで、「義兄」「義妹」が求められるのです。
もちろんこれは行き過ぎた規制コードにこそ問題があるんですが、メーカーとしても無頓着でいいことでもないので、やっぱり認識の程度も原因だと思います。つうか、もういっそメディ倫審査で出しちゃえばいいのに。
なお、回収されてから再入荷された製品には、「お兄ちゃんとありますが血縁関係ではありません」云々というシールが貼ってあるそうです(^^;
Say Yah! 2003
はい、言わずと知れたオーサリングヘヴンです。日高社長は良い意味で相変わらずのご様子(笑)
お話は、サンタクロースの免許を持った天界のベテラン娼婦が初仕事に出かけてエッチなプレゼントをしてまわるという筋で、いちおう以前に出た作品の続編という位置づけになっています。
マップ上で適当な行き先を選んではそこで発生するシーンを見ていく繰り返しの「エロ場面集」のような体裁なので、とくに攻略に脳みそを絞ることはありません。
いやはや、流行すたりにおもねることなく古き時代のエロゲー精神そのままで、かつ今のところ一定の支持がついているというのは、ソニアあたりの凋落を考えると凄いことかも。
また、エロゲーとしての商品性が成り立つためのギリギリの必要条件だけ突き詰めていけば、現在でも120MBも容量があれば足りるという事を実証しているのはマジメに感銘を受けてしまいました。
凝ったムービーやエフェクトに頼らなければ、こんなにコンパクトにできるんですよねぇ。
DVDの普及で、HDD1GB超級、数十時間のプレイ拘束を安易に求めるタイトルがますます増えてきた昨今、オーサリングヘヴンの姿勢は、これはこれで真剣に考えるべき面が多々あるような気がします。
追記:
なお、公式サイトでDLできるアップデート用ファイルを適用すれば、「ガッツ!」や「ママクラブ」のキャラが登場するイベントが追加されます。うぁーい(笑)
SHUFFLE!
ひじょーに良心的というか、学園モノのエロゲー(この場合は「美少女ゲーム」よりの意味で)としての快楽提供を踏み外しなくおこなっています。東鳩の蒔いた種がどんな子孫を生んでいったかたどっていくと現在ではこういう作品にいきあたる……という見本のような作品です。
ひとつ特徴を見出すとすれば、主人公/ヒロインという1対1関係を掘り下げていく定石を意図的にふくらませて、主人公/ヒロイン+ヒロインの父親による後押しという構造を採用している点でしょうか。ふつうは物語から除外されるか、いいところ人畜無害、もしくは逆に最大の障害というお決まりの扱いになりがちな「彼女の父親」をあえてひっくり返した造形にして登場させ、ご都合主義をさらに突き抜けてひとつのコメディの様式にまで持っていったのは面白いところです。
このゲームのヒロインのパパたちは、『円盤皇女ワるきゅーレ』でいう真田さんのような、騒動感のブースト機能を果たすポジションにあります。それは必ずしも物語の「骨」ではないけれど、世界観の重要な「肉」になっている存在だといえるでしょう。
『奇談千夜一夜』という本を読んでおります。
1969年に社会思想社の現代教養文庫から出版されたもので、世界中の信じがたい出来事、事件・事故、風習、祭事などを集めて記したトリビアルな視点のノンフィクション書籍です。
わずか一週間の間に遭難されては救助され、また遭難……を5度繰り返した「奇跡」のマーメイド号乗組員たち。
銃殺刑で9発の弾丸を身体に受けてなお生き延びたメキシコ人。
23年間に652回婚約し、53回結婚したベルギー人女性。
一千万ドル相当の金の延べ棒をバラストに使った潜水艦。
37分23秒で終結した史上最短の戦争。
……などなど、よっぽどヘタなフィクションよりもトンデモな記録ばかりでなかなかに面白い読み物になっています。というか、この本に収録されているのと同じエピソードを下敷きにした小説やドラマも結構あるんじゃないでしょうか。
ちなみに、この本の中で僕が一番面白いと思ったのは、
1908年の2月、ドイツのエゴン・フォン・キルフシュタイン男爵をリーダーとする探検隊40名のうち半分の20名が、炎熱の太陽が照りつける赤道直下、アフリカの自然環境のなかで凍死した……
というお話です。
奇談業界(?)では割と有名なエピソードらしいですが、これは要するに──
探検隊の目的が標高4350メートルを誇るカリシムビ山の登頂だったから、ということなんですね。この山は中央アフリカのルアンダで赤道をまたがって存在する火山で、探検隊は火口へ達するまでに灼熱の太陽と猛烈な寒気(吹雪、氷雪)のダブルパンチに打ちのめされ、哀れ20人の命を散らしてしまったそうです。
考えてみれば、かの有名なキリマンジャロもアフリカ大陸に属するわけで、高々度の山頂ならもちろん凍死者もでようというもの。
ですが、僕はすっかり赤道直下=灼熱の猛暑という固定観念に縛られていたため、あっさりこのナゾナゾ的な奇談に脳みそグラグラ揺さぶられてしまいました。うーん、楽しい。
他にも『吸血鬼ゴケミドロ』をビデオで観たり知事選へ投票しに行ったりして1日を過ごしました。
映画のほうは「人間同士でいがみあってると思いがけない災厄に足もとをすくわれるぞ」という反戦思想に面食らったり。でも吸血エイリアンはねぇだろ。
『The Soul Taker ザ・ソウルテイカー −魂狩−』 (全13話)
近く観よう観ようと思いつつ延び延びになっていたタイトルをようやく視聴できました。
休日の半分ほども費やせば全体を一気にチェックできるという意味では、1クールシリーズのコンパクトさも悪くないかなぁ。うむむ。
で、内容について。
実際に観るまでは渡辺あきお(ぽよよん・ろっく)氏のポップなキャラデザでシリアス作品、というのがピンとこなかったんですが、アーティスティックな色彩構築のおかげか存外にしっかりと「暗い情念に燃える」雰囲気が味わえました。
ストーリー的にも、主人公が決して大衆からの感謝を受けることない──どころか、呪われた出自によって常にある種の業を引きずりながら黙々と己のさだめの道を歩むダークヒーローぶりはたしかにタツノコ系列の主人公にほかならない造形です。直接的には『宇宙の騎士テッカマン』とそのリメイク『テッカマンブレード』あたりがレファレンスになるか。
また、次第次第とデモーニッシュな相貌に染まっていく京介くんには永井豪の香りも嗅ぎ取れますね。
演出こそ心象が勝ちすぎているというか、エヴァやウテナ的なアングラ演劇症状を呈してはいますが、それでいて同時に昭和期の正義の味方のリプリントでもあり、更にその底にくすぶるいくつかの問題点まで浮かび上がらせるという、腰の据わった温故知新な物語づくりが好感が持てます。
感心したのは、シローが終盤につぶやいた「悪魔の正論だぜ」という台詞。ヒーローものにおいて、悪の追求を徹底していくと正義が逆説的に人間の感情から離れた冷徹さに行き着くという示唆は、非常に重い含みがあります。
ただ、気になる点を挙げれば、序盤がいささか拙速に過ぎたため、アクション映像を意味づけるに必要なエピソードが不足気味だったことでしょうか。具体的には第1話、京介が岬さんと交流する様子にもうちょっと時間を割いてアピールしておいた方が良かったのでは、と思うのです。あの流れでは、京介くんが命を賭してまで死地へ身を投げ出すにはちょっと動機の足場が弱い。
とはいえ、それも全話を一気に通してみれば勢いで乗り切った観があるので、最終的に全体としては各話のグラつきも帳消しにすることができたとみなして構わないかもしれません。
クライマックスで無邪気な妹萌えに冷水をぶっかけるような展開はご愛敬(^^;
『ナースウィッチ 小麦ちゃんマジカルて』 (1〜4)
上述の『ザ・ソウルテイカー 魂狩』の暗鬱な展開の中にあって明るいキャラクターで良いアクセントとなって人気を集めた小麦ちゃん。
そんな彼女を主人公に据えて魔法少女コメディ物語を描く、完全別典のスピンオフです。
てか、つまり『魔法少女プリティーサミー』のパロディ企画なわけで。
とにかく外面的な口当たりの良さとは裏腹に、2ちゃんねるネタやらコミケネタやらアニメ業界内輪暴露ネタやらこれでもかといわんばかりに危険球を投げまくって、むしろ観ているこちらがハラハラしてしまうお遊びアニメ。
いくらか作り手と受け手の双方を茶化して描こうとする向きもありますが、結局はそれすらもオタクのツボのひとつになっているという始末を考えると、二次元コンプレックスとは業の深いものだなぁと自分自身を振り返りつつ恐ろしくも感じたり。
デ・ジ・キャラットもそうですが、じつは「萌えのメタ化」というのは、巡り巡ってそれ自体がまた媚びになって喜ばれてしまうんですよねぇ。