みやもの作品
修正報告 銀河ツンデレ伝説 (二見ブルーベリー)
修正報告
銀河ツンデレ伝説
初の長編小説。イラストは上連雀三平先生!
二見書房 630円
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    2011年10月27日

    「ここ進研ゼミでやったとこだ!」というフレーズを怖がってみる

    [ note ]

    人間、生まれて死ぬまでこの世の何もかもを知り尽くすってわけにはいきません。
    それはまあ当然のことではあるんですが。

    自分はすべてを知ることができない、という問題に対してしばしば慢性的な不安にかられて不幸になる人間というのがいます。

    それは単に不勉強を恥じるというレベルではなく、自分の知らないことがあるのを恐怖して過剰に見栄を張って取り繕ったり、ひとが知らないことがあると過剰に攻撃したり、自他の「知らない」という一事に対する適応力が低い生き方をしてしまうということです。

    知恵が成熟するというのは、すべてを知っているかどうかとはあまり関係ありません。
    ひとが全知には至らない以上、ひとつのことを知ればつねにそこから「まだ分からないこと」が生まれるもので、だとすれば確かな知識をどれだけもっているかよりも、「不確かさに出くわしたときにうまく適応できるかどうか」のほうがポイントになってきます。

    例えば、自動車の運転に熟練したドライバーを想像してみてください。
    同じ道を何度か走っていても、交通の状況はいちいち違います。また不意にタイヤのパンクや車体障害にみまわれるかもしれません。けれど優れた運転者なら、何が起こるか分からない不確かさの連続のなかでパニックを起こさず、落ち着いて対応できますよね。

    他人と言葉を交わしたり、自分の知識や知恵をどうあつかうかも、そういう車の運転に通じるものがあります。

    しかし、そうした不確かさの連続に耐えきれない人というのもいます。
    そういうタイプは、「それだけで何でも間に合う万能のコトバ」「何にでもうまく説明をつけてくれる人物」に、確かさの安心感を求めるようになります。親のシンボルにすがるようなものとも言えましょうか。

    そういう「答え」を記す書物だとか人物を見つけると何が起きるか。
    知らないことへの過剰な不安感が逆転して、「すべての問題がとけた!  これで人生万事OK! ヒャッハー!!」という過剰な熱狂を自ら作り出すのですね。

    「この本に全ての答えが書いてある!」
    「この物語には人生のすべてが詰まっている!」
    「この人が全ての答えを知っている!」

    という熱狂は、人間を一つの公式の際限ない繰り返しに陥らせます。
    同じ考えの型を、状況がどうなっても同じようにあてはめようとします。

    さらに、「万能のコトバ」の熱狂者は、それ以上の発見が行われることに腹を立てさえします。
    すべての答えがそこにあって安心できているのだから、それ以上、自分を不安にさせる不確かさが世界に存在してはいけない。それはけしからんというわけです。
    かくして、道路がどんなに混んでいても常に同じコースで常に同じだけ自動車のアクセルを踏み込む危険な運転者が生まれます。

    一方、知恵を実際的にあつかえる人間、成熟した人間は出会った偉大なコトバを実用し、偉大さには敬意を払いつつも、その射程範囲を検討、修正、洗練しようとします。そのために不確かさの中へ飛び込んでいくのです。

    で、ここでようやく進研ゼミの勧誘マンガの話になります。

    進研ゼミ漫画を読んで次はキミの番になりたい奴ちょっと来い
    ベタな進研ゼミのマンガの法則

    アレのうまいところは、上で書いたような「ここに答えがある!」熱狂の感覚をくすぐる仕立てになっている点ですよね。

    親などまわりのオトナの言うことが「確かさ」の源泉であった子供時代が終わりにさしかかり、自立した知をもって大きな不確かさに適応していかなければならない節目の少年少女たちが、自分はまだ多くのことを知らない存在であるということに直面させられる不安感。

    言い方は悪いですが、あの勧誘マンガのストーリー構成というのは、そうした若い知性の慢性的な不安感に巧いことつけこむ内容になっています。
    進路につまずき、くすぶっていたところで「それで全てがうまくいくもの」と出会う感動、熱狂。勉強も恋愛も部活がすべて好転して明るい高校生活が待っている。ばんじゃーい。

    「ここ進研ゼミでやったとこだ!」というフレーズはそうした「確かな答えを与えてもらう熱狂」が生まれる瞬間を切り出した、たいへん象徴的なことばで、「パパ・ママの言ったとおりだ!」を言えない年頃になった若年者に対して大変におそろしい麻薬的補填の響きを帯びています。

    そして、そういう確かさを補填する魔性にとらわれるのは年若い少年少女だけとは限らないのです。

    「進研ゼミでやったとこだ!」は、しばしばネタにされ、たしかに笑えます。
    けれど、どうして笑えるのかという理由そのものは笑えません。

    つまりひとはオトナになっても「●●●に答えがある!(→人生の問題がスラスラ解けるぜヒャッハー!)」をたやすく求めてしまう、“万能の答えの奴隷”に陥りやすい ちょろい生き物だという恐怖が反転投影されて、心のどこかが引きつった笑いが生じるのではないか。そう思うのです。

    テレビをつければCMで「この●●●を買えば家庭内が・職場が・友人関係がうまくいく」かのようにイメージづけした宣伝が山ほど打たれています。
    本屋に行けば「これで時代が説明できる」という本が並び、著名人の講演に行けば「こういう生き方で人生は成功する or 充実する」というお話が聴けます。

    もしもそれらから一つの公式を取り出して魔法のように万能の答えとしてふりかざすならば、その時わたしたちはオトナ向けの「進研ゼミでやったとこだ!」を叫ぶ熱狂者、答えの奴隷として誰かに笑われることになるかもしれません。おっかないことです。




    思考と行動における言語思考と行動における言語
    S.I.ハヤカワ 大久保 忠利

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    コメント

    学生の頃、友達がそのフレーズに対して
    「ここ進研ゼミでやったとこだ!って、お前、それ学校の授業でもやってるはずだからね」
    って突っ込んでいましたね。

    Posted by: 名無しさん: 2011年10月27日 23:00

    魔物に襲われるおとぎ話に登場するフレーズ「無我夢中で逃げた」は安心を生む源になってるのではないかと思う。
    正解ルートを予め知っていたわけでもないのに命のかかった状況で正しく行動できたということだ。
    人生に立ちふさがる思いもよらないどんでん返しの連続だって乗り切っていけるさ、と楽天的な気分になるよね。

    アムドライバーに「偽の安心にすがりつく民衆」だとかいろいろ描写があった記憶がある。茶番暴露まで忍耐力がもたない人が多すぎて良さに気が付いてもらえないかわいそうな作品だけど。

    Posted by: 名無しさん: 2011年10月28日 04:04

    >>名無しさん : 2011年10月27日 23:00
    たしかにww もっともすぎるツッコミですねwwww

    >>名無しさん : 2011年10月28日 04:04
    子供のころにそういう気持ちのシミュレーションをしっかり積めておくのはいいことだろうと思うんですよねー

    Posted by: みやも(管理人): 2011年10月30日 04:13
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