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修正報告 銀河ツンデレ伝説 (二見ブルーベリー)
修正報告
銀河ツンデレ伝説
初の長編小説。イラストは上連雀三平先生!
二見書房 630円
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    2011年01月08日

    『興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史』読了

    [ book ]

    最近読んでとても感銘を受けた一冊。

    興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史
    柳下 毅一郎

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    映画の歴史をつづる上で軽視されやすい、けれどじつは映画というものの出発点と本質を秘めたエクスプロイテーション映画を中心にすえた内容。
    「映画の本然は“見世物”である」という主張を介して更にその向こう側に“見世物”とは人間にとってどんな意味と意義があるのか、文化の深い根を示しています。

    この本では、見世物としての映画という題材の性質上、ただ映画の作品評や作家論といったスクリーン上だけに限った範囲ではなく、映画の製作・編集・宣伝・配給など映画作りのすべてを自分の腕でとりしきろうとした往年の娯楽映画生産者たちが世間にどうやって自分達の映画を認知させ、また映画を見せる段になってどんなふうに劇場の内外に演出を仕掛けてお客に刺戟を与えたかという、スクリーンの外側にまで広がる“映画体験”全体をとりあつかっています。そこが面白い。

    ときには誇張やハッタリも厭わずあの手この手の宣伝戦略でお客を集めようとする映画人たちの逸話の数々はまさに興行師というにふさわしいふてぶてしさで、痛快ですらあります。

    彼らには「金を落としてもらうために客の見たがっているものは何でも見せて楽しませよう、場合によっちゃ客を騙してでも客を喜ばせてやるぜ!」という強烈なポリシーがあって、へたに自分の中にあるこだわりをおしつけて客を苦しめるに終始するタイプの作家性などよりははるかに潔い、人間が人間を歓待する精神の働きがあるように思えます。

    ……というような事をこの本を読んだおかげで学べて、“見世物”という営みに対する認識がずいぶん良い方向に更新されました。

    なお、エクスプロイテーション映画のプロデューサーと見世物興行師が相似形なのは、たんに共通項があるってだけじゃなくて、実際に舞台奇術師だとかカーニバルの芸人や興行主など見世物スジの人間が、大衆娯楽の王座が移り変わる時代の流れにあわせて映画稼業へ乗り換えた例が多々あったためで、そういう歴史の接続を示してくれる良書でもあります。

    アメリカにおける“見世物としての映画興行”の歴史は奇術史やサーカス史などとの交接点をあちこちにもっているので、色々な方向に勉強の枝を伸ばしたくなりますねー。前史として、ちょうど去年読んだ『サーカスが来た! アメリカ大衆文化覚書』がいい副読本になると思います。

    サーカスが来た!アメリカ大衆文化覚書サーカスが来た!アメリカ大衆文化覚書
    亀井 俊介

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    以下、『興行師たちの映画史』から、目に止まったことばを書き出しておきます。

    “初期の映画人はいわばプロデューサーと監督と興行主とを兼ねた存在だった。彼らはつねに客を目の前に見ながら、客の喜ぶものを作ろうとつとめた。内的必然性ではなく、観客の好みこそが彼らを突き動かす原動力だった。一番大事なのは観客が持ってくる金なのであり、ならば相手を喜ばす以上に大事なことがあるわけがないではないか?”



    (映画の製作と配給が分業化していく流れの一方で、あくまでもすべてを自分でやろうとした興行師タイプの映画人について)
    “彼らは直接観客に向け、その財布に向けて映画を作っていた。彼らが作るものを搾取=エクスプロイテーション映画と呼ぶ。エクスプロイテーション映画はどんな定義にのっとっても芸術ではなかろう。作家の内的必然性ではなく、外部の要請によってかたちが決められるからである。したがって、これまで彼らの作るものは商業製品として唾棄されるか、コレクターによって珍重され、まれにごく一部が「作品」として拾いあげられるのみだった。いわんやその作者になど、ほとんど関心が向けられることはなかった。だが、それは大きな誤りである。映画とは本来、彼らのような人々――興行師、エンターティナー、山師――が作っていたものなのだ。それこそが映画の本当の姿なのである。それに比べれば、映画監督の作家性を論じるなど、ずっと小さな話である。しょせんは映画の一部分でしかない映画フィルムの、その一部を作ったにすぎない存在なのだ。それよりも映画作りのすべてを自分一人でコントロールしようと試みた人間の方がはるかに興味深い。”



    “リュミエール商会のカメラマンたちはきわめてシンプルな原理に基づいて映画を運営していた。そこにないものを見せることだ。日本人が誰も見たことのないフランスの映像を日本まで持っていき、日本の映像をフランスまで持って帰る。好奇心とエキゾチズムこそが鍵である。誰もが自分の見たことのない風景を見ようとする。映画はまず第一にはじめてのものを見るメディアであり、リュミエール商会はまさにそれを提供したのである。(略)異国への憧れは秘境探検ものから冒険活劇までつながっている。さらには見世物小屋のギークたちからも、そのこだまを聞き取ることはできるだろう。”




    以下、本書で述べられるポイントをまとめるとこんな感じ。


    ・いつの時代も、広義の“異国の風景”(エキゾチズム)、セックス、暴力への好奇心が搾取の種になる

    ・客は見た事がないものを見たがる(または、見た事はないが話には聞いた事のあるものを見たがる)

    ・一方、客はそのうちそれまで見せられたものと同じものを提供するよう求めるようになる

    ・大手やメジャーに位置するものたちが社会倫理にぶつかって何かを見せないように表現せざるをえない時、メイン市場の外側で、それをモロに見せることで客の好奇心を満たし金を稼ぐ隙間市場が生じる(文字通りの“見せ”物の発生)

    以上のポイントは、映画に限らず興行的な性質をもつ娯楽分野ならたいがいあてはまる原理ではないかと。

    コメント

    ちょっと違う話になってしまうのかもしれなくて恐縮ですが
    昔、レッサーパンダの風太君が立ち上がり話題になったときに、
    各地の他の動物園がレッサーパンダが立つことを売りにしようとしたことに対して
    動物の自然な姿を見せることに重きを置く北海道の旭山動物園の人が「動物に芸を求めすぎないで」ぐらいの意味合いで
    「動物を見世物にしないで」とコメントしたところ
    「全ての動物園とは結局、動物を見世物にしている場所ではないか」といった反論がおきたことを思い出しました。

    もう遠いニッポンに連れて来て折に入れている段階で本来の生態とか無理だし、立たせないとレッサーパンダのくせに立たないとか言われるし、いっちょ、うちのレッサーパンダの○○くんもやれば出来る。立てば立てるっていうのを見せてやるか!

    みたいな気合が飼育員の方に合ったとしても、それはむしろ、動物園の飼育員としては褒められる仕事への情熱なわけで、旭山動物園の方の意見もわかるのですが、どっちもありなんじゃないかな。って思いました。

    Posted by: 名無しさん: 2011年01月08日 23:48

    >>名無しさん
    動物園の話はすごく関係のあることで、たとえば西洋のほうの見世物興行(サーカスなども含みます)って、ある分野では「外国や歴史の勉強になるよ!」という教育効果をタテマエにしながら珍しい物を見たい欲求を満たしていた経緯がありまして(そうじゃないと社会的な批判を避けられなかった)、お客のほうもそのタテマエと本音に乗っかってたんですね。
    博物館だとか動物園なんかもじつはそれに通じていて、あれって「社会的地位のある見世物」なんですね、本質的に。
    だから、社会にカドが立たないことを重視するか、見世物であることを重視するかが人によって分かれたり衝突したりするんですね、運営するほうも客のほうも。

    Posted by: みやも(管理人): 2011年01月09日 08:37
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