まず、何が言いたいか一発で分かる(笑)具体例を並べときます。
▼一線を退いたかつての名ガンマンが、「二度とこの銃をふるわないと決めたんだ。俺はもう決して誰も撃たない」と言っていたのが、やむをえない事情が生じて強敵との決闘に挑む羽目になる。
▼小さな村に暮らす一人の若者が「ああ、僕はこのまま平凡きわまりない穏やかな生活を続けていくんだろうなあ」としみじみ呟いていたのが、後に世界の命運を背負って波乱万丈の大冒険をすることになる。
▼バイオレンスな世界で、悪党が弱者をいたぶりながら「俺こそがこの国の永遠の支配者になるのだ! お前ら虫ケラを助ける正義の味方なんてどこにもいないのさ!」と息巻いていたら、その正義の味方が現れて撃退される。
▼嫌味な教師が「クビを賭けよう、お前(主人公)が次のテストで100点を取る可能性は…0%だ!」とあなどった決め付けをしたら、主人公が100点を取って顔を蒼くする。
▼人付き合いに興味のない世捨て人が「俺はこのまま孤独に生き、孤独に死ぬ。それでいい」と醒めた人生観を吐いていたのが、なりゆきで転がり込んできた居候との同居生活を過ごした末に、やがて人と関わる生き方に目覚める。
▼ラブコメでヒロインにとても仲の悪い男子がいて、周囲に「こんなやつと仲良くなるなんて、ましてや恋人になるなんてことは絶対ありえない!」と断言していたのが、後に紆余曲折をへて最愛の恋人同士になる。
まあそんな感じで、よくありますよね。
とくにストーリー序盤でみられることが多い、登場人物が強く断言したことが後に正反対の結果になる筋立て。
意地っ張り系ツンデレと違って、当人が本気の本気でそれを言い切っているのがひっくり返されるところがミソです(だから時系列変化型のツン→デレとは馴染む)。
本稿では、これを仮に<逆予言>としておきます。
逆予言はいわゆる"フラグ"手法の中でも特殊な部類ですが、その根底には、ドラマ創作者および消費者の「波が立たなければつまらない」という至極自然な要求が横たわっています。
快楽というのは刺激であり、刺激というのは何らかの落差(波)によって生じます。これはどんな穏やかで優しい内容の物語でもいえることです。例えばいわゆる癒し系(古いなあ)といわれるような作品でも、べつに何も起きないわけではなく、それにふさわしいドラマの波が立っているから癒されることは言うまでもありません。
で、逆予言とは、物語の展開という単位において「分かりやすい落差が生じますよ」というサイン(兆し)であり、もっといえばそれによる期待感を煽る手法なんですね。だからストーリーの始めの方とか、エピソードの起承転結の起の部分に配置されることになります。
さて、今回お題を逆予言の「メカニズム」と適当につけちゃいましたので(こらこら)、ここからはその仕組みについて無理くりでっち上げて考えてみるとします。ひどいブログですね。
まず最初に、大事なポイントを確認しましょう。
登場人物が「主人公」「ヒロイン」「サブキャラ」「悪役」などの肩書きで分類されるのは我々にとって何を意味するか?
それはつまりキャラクターに<格付け>が行われるということに他なりません。
上の例からも分かりますが、主人公とかヒロインといった"メインキャラクター"が逆予言を口走る場合、「絶対〜しない!」と言った否定形が多く見受けられます。
主人公とはその名のとおり物語のホスト役であり最高位の格をもつキャラクターです。
勇者になる青年は世界を救うという劇中最大の宿命にありますし、ラブコメヒロインは彼女が恋するに値する最大の相手と劇中最大にドラマティックな恋をする宿命にあります。そこから外れようとする姿勢はドラマの大きな枠組の中で修正されなければなりません。
格というのは単にその人物の偉さというわけではなく、そこから逃れられない"運命の強度"ともいうべき責務的なものでもあるのです。
だから格高なキャラが「〜しない!」と"逃げる"パターンは、言い換えると
「そのキャラクターのために用意された高い格から下りてしまおうとする態度」
であり、
「自分の持ち位置から下りようとしたキャラクターをあるべき高さへ引き上げる<格の引力>が働く」
というのが逆予言とその覆しとしてあらわれる次第です。
[参照図1-1]

[参照図1-2]

また、悪党が「〜してやるわい」と宣言したのが打ち破られてしっぺ返しをくらうようなパターンもありますが、これは
「そのキャラクターが調子こいて自分の格よりも高いところへ上がろうとする態度」
に対して
「分不相応な高みへ身を乗り出したキャラクターをあるべき持ち位置へ引きずり落とす<格の引力>が働き、さらに落下したぶんのエネルギーでダメージを負う」
という見方ができます。
[参照図2-1]

[参照図2-2]

(ちなみにキャラの格付けに位置エネルギーの推移という概念をもちこむのは別件でお友達のI氏から示唆してもらった見方で、いろいろ便利です)
前もって暗示された運命どおりのなりゆきを人間が辿る(いやでも辿ってしまう)<予言>については、これはもうギリシャ悲劇の時代から連綿と使われているドラマのシステムでおなじみですが、その派生として、こういう<逆予言>という変化球がいつの間にか我々の現在よく見かけるものになっていることも、ちょっと意識しておくと楽しみが厚くなるかと思います。
以下は余談。
フィクションにおける予言・逆予言は、この現代にあって我々に「天」を感じさせる数少ない表現法のひとつです。逆予言が提供するのは、
「人にはそれぞれ天から与えられた自分の道があって、そこから目先の人為で外れようとしても天意による引き戻しが生じる」
という認識のフレームで……というか、まあ天とか道とかいうのが抽象的でうさんくさいなら、単純に
「この広くてややこしい世界の一部分として身を置いている以上、いくら「私はこうなのだ」と自分で自分を決め付けて卑下したり思い上がったりしても、最終的には"そうしないではいられない"本質本然に直面させられる(ことがある)」くらいでもいいでしょうか。
大人になるにつれて生きるすべ(方法論)は色々と幅広く選んでしかるべきですが、生き方(自然無意識に立ち上がるこころのベクトル)は自分の意思を超えたところで定まってくるので無理にねじまげるとしんどいことになるよね、とかそんな感じの話で。
あと、陳腐ないいかたですが、自分探しをしすぎるとその肝心な自分から遠ざかる恐れがある、みたいなこともね。
さらに余談。
思いっきり手前ミソで恐縮ですが、拙作『修正報告 銀河ツンデレ伝説』(二見ブルーベリー文庫、2005)でも逆予言を複数使ってたりします。
でも当時は上に書いたようなことは何も考えずノリでやってた(笑)
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なるほど。この理論をドラゴンボールのタオパイパイ、ピッコロ親子、ベジータ、フリーザ、セル、ブウに当てはめるとって考えた時点で、
最近、何でもかんでも漫画における理論をドラコンボールに当てはめようとしていること二期が付いた。
だって、分かりやすいんだもん。
同じバトルものでもジョジョとかボスが油断しない奴おおいし、むずいっす
偉そうな悪役はたいてい逆予言の犠牲者ですよね。
「3秒後、お前は地ベタにはいつくばっているだろう」と宣言しといて逆に自分が3秒後に倒されちゃったりとか。
>偉そうな悪役はたいてい逆予言の犠牲者ですよね。
偉そうな妹、麗も逆予言の犠牲者(予定)です
オトコなんて認めないと言っておきながら
[参照図1-2]のパターンのそのままでデレるのが近い将来見ることができるでしょう
麗は初期値が本気で男嫌いですもんねー。
オトコは認めなくても家族は認める、というところからだんだん主人公になじんでいくんだとは思いますが、さてどうなるか。楽しみです。