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ちうわけでべびプリがいよいよ本格始動ですよ。
まだ一部地域では雑誌が発売されていないので、具体的なネタバレは控えつつ出だしの印象をメモしておきます。
──おおぅ、ちゃんと絵が仕上げられとる。
いいかげんラフ絵のほうに愛着わいてきたところなので嬉しくもあり寂しくもあり。
冒頭のイラストストーリーは(「大人の絵本」ならぬ)「大きなお友達の絵本」という感じですね。
前々から思うところでは、べびプリは本来の意味でのメルヒェン(≒昔話、おとぎ話)の性質をもっているので、こういう、お話を語り聞かせしてくれるような体裁はとてもよく馴染みます。
こうして絵本のような形でみせられると、「キミの本当の家族はここにいたんです」「それは母1人姉妹19人の大家族でした」というのは単にインパクトだけを狙った導入というわけではなく、「むかしむかし、あるところに●●●な○○○がいました」に相当する、想像の扉を開くための大事な第一歩であることがよく伝わってきます。
インドネシアには生まれつき身体の半分が縦に(!)すっぱり欠けている男が出てくる昔話があるのですが、昔話の目的はそこで子供に半かけ男の生命維持に関する医学的に合理性のある解釈を求めることではありません。何よりもまず「そういうのがいるのだ」という断言から「さて、そいつはどうしたかというと──」と先に拓けていく想像力の旅へつなぐことが主眼なのです。
だから、19人姉妹は「いる」んです。「ねえよ、そんな不自然な家族構成」という理知をいったん据え置いて、とにかくそれを前提とするところからすべては始まるのです。そのためには語り部の「ここにいたんです!」という力強い言い切りはひじょうに意義深い効果を発揮します。
さらにおとぎ話の文体という観点からみると「これこれこういうことがありました/しました」というシンプルな外象で描写をさらっと止めて、内面をしつこく記述しないのが、叙事文芸であるおとぎ話ならではの粋(いき)に通じていて心地良いです。
たとえば今回、雑誌p.25のテキストなんかは、ふつうだったらもう一言「〜、だから彼女はこういう心境なのです」と冗長なことを書きかねないけど、公野先生はそれをしないんですね(少なくとも現時点では)。そこがいい。
次回以降の展開がますます楽しみになってまいりました。
読者応募式のクイズゲーム企画はどの組にハガキを投じるか締め切りぎりぎりまで悩みそうです。己の欲求に素直に従うか、恐いもの見たさで変化球な回答をするか。さてさて。
追記1.)
嗚呼やはりここでもあさひは野獣のごとき凶暴さを発揮してやがります。
いきなり犠牲者が──! でもある意味グッジョブ!
追記2.)
あさひといえば、いまのところラフから仕上げ絵になった恩恵を一番被っているのはこの子だと思います。丁寧に描きこまれて美人になってるなー。赤ちゃんだけど。
他の子たちはラフ時に比べて体格ががっしりして見える傾向にあって(首がややリアル気味の寸尺で太く描かれてるせいかな?)、やや好みが分かれるかも。でも俺は好き。
ああ、それにしてもマリーの不遇さよ──絵的な格差社会がここに!
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マリーはイラストあるだけましでしょ!
新規のみぶ絵も霧賀絵もないかわいそうな子だーれだ?
10女好きだからあえて言いませんでした!!
Posted by: みやも(管理人): 2008年03月31日 09:45