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夕方のテレ東アニメを一通り観てるなかで常時マイベスト3入りしてた「アニマル横町」が最終回を迎えました。
うーん、ちょっと本気で感動しちゃったぞ。
"ひみつのともだち"だったアニマルたちを親に紹介する(→子供が構築した小世界;あそびの空間を実世界に接続して昇華する)事を決めるラストは、しかもそれを全然深刻ぶらないで、気軽に思案したうえでのさらっとした決定として描いてるのが素晴らしい。
いつまでも非日常的な空間を囲い込んだまま永続させることは不健全だが、かといって非日常を否定して日常に手ぶらで帰る必要もない、非日常はあるがままにして、持ってこられるものは持ってきていい……というのは、ごく自然でシンプルだけど案外盲点に入りがちな解なんだよねぇ。
日常への帰還を、非日常の切り捨て・突き崩しによって不可逆的にしかイメージできない90年代的潔癖症が未だにまかり通るのはどうだろうかと思っていたところだったので、アニ横のしめくくりはとても腑に落ちました。日常と非日常はいつだって往来可能な、あわせてひとつの現実であって、一方を肯定するために一方を否定しなきゃいけないって道理はないやね。
言い方を変えます。
つまりここで言っているのは、たとえば僕たちが、小説を読んで/マンガを読んで/ゲームをして/映画を観て/演劇を観て/音楽を聞いて/歴史を学んで/神話を嗜んで、そうしたフィクションにおいて得た何かを現実の生活精神に反映させてはいけないのか? という問題であって、勿論ぜんぜん構わないわけです。持ってきて役立つものなら持ってくればいいし、その上でまた次のフィクションに親しむ準備もできるわけです。フィクションと現実は二者択一で人間を引き裂く対立項ではありません。両者を往復しながら世界を拡張する経路をつくることこそが重要であり、僕たちはその巡遊者だというのが実際のかたちなんじゃないかと思います。
「アニマル横町」は、ややもすると大人のため(だけ)のメタなネタに走りがちで眉をひそめたこともあったけど、それらを全部帳消しにしていいくらい、まさに終わりよければすべてよしといった観の最終回でした。