朝番組を視聴後、いったん寝直してから昼過ぎにのそのそ起き出して食事をとる。
部屋に戻って、ふくしま政美『聖(セント)マッスル』を読了。全裸ヒーロー・名無しのマッスル青年が繰り広げる自分探しの旅は想像以上のぶっ飛び具合で、1ページごとに強烈な目眩を禁じ得なかった。飯を食ってすぐに読むもんじゃねぇなこれ。
第1部「人間城」の王様が放つ悲痛なキモメン激白には素直に涙をさそわれましたよ。絵ヅラは肉体描写で埋め尽されてるのにストーリー展開は観念性100%なのな、この漫画。
さらに続けて手塚治虫『鳥人大系』も読了。SFだねえ。
昼遅くから夕方にかけて、てきとうに家の周辺を散策。徒歩30分ほどの場所にある神社でお参りしてから帰宅する。歩いている道中に、数日前から読み進めていた『シナリオの基礎技術』と『インスタントラーメン読本』を最後までやっつけた。それぞれ違う意味でためになる本だった。
夜、日が暮れてから再び外出。近所の劇場で映画を2本観賞。
まずは『SAW2』。もともと監督が別口で書いたオリジナルの脚本があって、それを『SAW』の設定に組み直して続編にしたのが本作らしい。が、それは言われないと分からないほどに消化してあるのでシリーズとしての違和感はない(ちなみにパンフレットの記述によれば、もとの脚本では14人の登場人物が館の中で最後の一人になるまで殺し合うお話で、深作版バトロワにインスパイアされたと監督が語っているらしい)。
内容は正直、良くも悪くも期待値から外れない作りだったものの、小説ならともかく映像作品で●●トリックをやろうと思い立ったある種の図々しさにむしろ好感がもてた。ただし話のフックになるはずのギミックがどれも基本的に登場人物のマヌケさ頼みなので、見終わったあとの何となく釈然としない思いまで前作以上にスケールアップしとりますのぜ。
んで、後味の悪い気分を払拭する口直しがてら、明るくヌルいファミリー映画でも観ようと『キャプテン・ウルフ』を選択。
うはっ、てっきりヴィン・ディーゼル版『キンダーガートン・コップ』あるいは『マイホーム・コマンドー』かと思いきや、あにはからんや映画好きの触角をくすぐる小ネタを織りまぜつつ『サウンド・オブ・ミュージック』モチーフで引っ張った佳作でありました。
23時過ぎ、帰宅。先日、本屋の古本コーナーで買った『魔法陣グルグル』(1)〜(3)を読む。この漫画を手に取ったのは数年ぶり。ククリってこんな可愛いキャラだったんだなあ。アニメ版も観直したくなってきた。
一歩引いて作品そのものの次元で見ると、やっぱりドラクエ4コマ出身の作家だけあって和製RPGファンタジーの約束事を茶化す手際が、初手から完成の域に達しているのが面白いよね。(その一方で2巻収録の外伝「ククリルク」みたいに素でメルヒェンな話も早々とくりだしているのも見落とせないわけだけども)
聖マッスルは漫画家、原作者共にオリジナルの古代神話を描こうと意気ごんで始めたものの、二人の見解がだんだん違うものになっていった為に結局漫画家だけで描き上げた、と聞いた覚えがあります。
世界各地に内容が似ているようで違う神話伝承が数多く伝わっていることを考えると、うなずける話ではあります。人の数だけ神様はいるということで。結局打ち切りとはいえ、こういう漫画を連載させた昔の少年誌はいろいろな意味ですごかったんだと(少年マガジン)改めて再認識。
神話の主人公である聖マッスルが一糸纏わぬ姿なのはおかしくないのですが、股にあるべきものが描かれていない件について、かつて色々な漫画評論家が神話的見地から説を述べていました。で、後に聖マッスルが再評価された際に作者のふくしま氏がその件を聞かれて一言。
「少年誌だから描けなかった」
深読みって時にとんでもない誤解を招くんですね。
マッチョな題名はついてますけど、実際はフィジカルなものに無頓着な作品ですよね。筋肉描写は不正確きわまりないし(笑) ほんまに観念がほとばしってて、たしかに神話を作ろうとした志は(ネタ抜きで)感じられました。
>深読みって時にとんでもない誤解を招くんですね。
基本的に名作、傑作というのは作り手の思想以上に受け手の側で「誤読」していくことで生き延びていく面があるんでしょうね。だから極端にワケの分かんない作品がかえって長生きすることもある(^^;;