現在進行中のお仕事で引用するかもしれない文章をメモ。
(略)異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する。媚態は異性の征服を仮想的目的とし、目的の実現とともに消滅の運命をもったものである。永井荷風が『歓楽』のうちで「得ようとして、得た後の女ほど情無いものはない」といっているのは、異性の双方において活躍していた媚態の自己消滅によってもたらされた「倦怠、絶望、嫌悪」の情を意味しているに相違ない。それ故に、二元的関係を持続せしむること、すなわち可能性を可能性として擁護することは、媚態の本領であり、したがって「歓楽」の要諦である。しかしながら、媚態の強度は異性間の距離の接近するに従って減少するものではない。距離の接近はかえって媚態の強度を増す。(中略)媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。
色恋沙汰をあつかったアニメ、漫画、ゲーム等でのキャラクターアピール(いわゆる「萌え」)は、この「媚態」という概念と深い関係があるのでもうちょい研究しとこうかな、と最近心がけております。
さわりだけ述べておくと、初手から好感度MAXタイプのキャラってのはある側面においてものすごーく「野暮」な存在なんで、そういうキャラが増えすぎた時代の反発力もどこかで生じているんじゃないかな、という話をするときに、上で引用した文章はとても参考になるんですね。