姉系エロゲーをプレイしつつあれこれ考えるのこと。
某作品に「幼馴染みのおねーさん」キャラが出てきた。
彼女は単体で考えると非常に良質な姉的キャラなのだけれど、それに対応する主人公の人物造形が弟らしくない→単なる「同年代の幼馴染み」的な対等(タメ)のスタンスになっているせいで、姉弟モノの楽しみがぶち壊しになっているのが残念だった。
やはりキャラクターの性格設定というのは関係の場に組み込まれて完成されるものであり、いくら姉キャラ自体に「優しい」「包容力がある」等の属性が詰め込んであっても、それを受ける側がそれに適した「弟としてのリアクション」を示さなければ、姉キャラとしての存在が無意味化してしまうように思う。
これは別に姉ゲーだのエロゲーだのに限った話ではなく、フィクション作品において何らの特化的アピールを持つ人物造形全般にいえる事でもあろう。
美浜ちよの可愛さが最大に成立するのはどんな時か? 美浜ちよを見て「うあ、かわいい」と反応する周囲のキャラ達が配置されているシークエンスにおいてである
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さらにこの「どんな属性も受け手次第」という論をちょっと延長してみると、例えば美少女ゲームで折あるごとに騒がれるキャラの処女性問題も、同様の角度から眺めることができよう。
あるキャラがヴァージンだろうが開通済だろうが、結局それを意に介さないで突き進む主人公がいて、またシナリオ上でもそれを本筋にしなければ、作品上さして気になる事はない。あとは単にプレイヤーの趣味の話になるだけだ。
けっきょく処女性が取り沙汰されるのは、あるキャラが非処女だからではなく、処女性を気にする主人公がいて、かつわざわざそこに焦点を当ててアピールするシナリオ(で構築される世界観)があるからではないだろうか。
ちと乱暴な区別になるが、私見では、ポルノ性の高い(おっさん臭い)エロゲー群は前者にあたり、学園モノだとか恋愛その他のセンシティブな主題を持つ(青臭い)エロゲー群は後者にあたるように思う。
「下級生2」のたまきバッシングは、彼女自身の罪というよりも、ある意味主人公と世界観に恵まれなかったゆえの悲劇ともいえる。
全く同じキャラでも、あれが陵辱ゲームに登場していれば誰も叩かないでしょ?(^^;