きょうはこんなことをかんがえていました。
・臓器移植はOK、でもカニバリズムはアウトだという文化社会の不思議について。
・迅速だが役に立たないサポートをする会社について。
・マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画の社会的有効性について。
・昔は苦手だったけど最近はそうでもないモノについて
*1
。
・きのう近所のカルフール光明池店で買ったエメンタール
*2
が美味しくなかった理由について。
どれも何一つハッキリした答えなんて出やしなかったけど、脳みそはくるくる踊ったので良い1日でした。たぶんね。
カニバリズムはアウト>食うと消化の結果大半が糞になって効率悪いけど、移植だとそのまま大部分が再利用できちゃうという「効率の良さ」が主因ではないかと(^_^;)
まぁ、要するに移植は「延命」で、カニバリズムは「生存」ではなく「嗜好」ってことなんじゃないですかねぇ??
「ヒトはヒトを食わなくても生きていけるが、ヒトの臓器は基本的にヒトの臓器でしか置き換えられない」
→どーせ捨てちゃう死体の臓器を有効利用する方法として「プラスの面」が評価されてるんだろうと思いますです、ハイ。
生老病死なら逃れる手段の1つとして医療があり、医療の一手段として臓器移植がある、と。
あ〜、やっぱ実際性からみてそうなりますね。古代宗教のあれこれを起点にして考えてたんで、ずっと首をヒネってました。文化的カニバリズムは元々「対象のエネルギーを取り込んで自らを強める神聖な儀式」と規定されてて、むしろ移植や輸血こそがタブーだったのになぁ、とか(^^;
何事もメリットと需要と技術が釣り合うかどうかで、本当はタブーなんて無いのかもしれません。(とくに医療関係では倫理的理由による規制はたいてい時間延ばしにしかならない)