つまりですな、アンドロ軍団に立ち向かわないで時計の針と相撲してるキャシャーンて何なのさ、って話なんですよ斉藤さん。
絢爛豪華なディストピアの視覚化でお腹いっぱいになるビジュアル系映画。なにはともかく、劇中の景観がどれもミュージックビデオ畑の監督さんらしい装飾精神にあふれています。うー、目がチカチカするぅ。
アクションは最近流行のカンフー系ではなく、もうすぐ公開される「キューティーハニー」でいうところのハニメーションを先取りしたようなアニメ・コミック文法を流用した演出が主で楽しかったです。
ただ、エフェクト過剰で画面がゴチャついてしまい、人物がどんな動作をしてるのかワケわかんないカットがいくつもあるのが痛い。何もそんなところで『ヴィドック』を彷彿とさせんでも……。
ストーリーはというと、序盤〜中盤──迫害された新造人間たちが逆に侵略を始めてキャシャーンと交戦の火蓋を切って落とすまで──は狂ったようなハイテンポですごく面白いです。"財前先生の中の人"の気合いの入った演技に魅せられました。
と、そこまでは「おお、いけるかも」なんて期待がアタマをもたげたんですが……話が進むにつれて安易なエディプス・コンプレックスの構図と反戦テーマが幅を効かせるようになってだんだんイヤ〜なムードに(^^;
物語の着地点を表層的な壮大さで誤魔化してますけど、果たして「キャシャーン」というフレームの中でやるべき事だったのかどうか首をひねってしまうオチでした。
すでにリアルでもネット上でも賛否両論が飛び交っており、モテねーオタクとモテオタクの相克まで分析されちゃってるみたいだけど、個人的には純粋に脚本がマズいだけのような気もします。
うわ、びっくりした。またぞろ一般カップル客だましを狙ってのサブタイトルかと思って鼻で笑ってたら、ホントにラブストーリーでやんの! ……もちろんネタが暗殺集団のボスと愛人の話ですから、愛は愛でも行き着く先は殺し愛なんですけども。
とりあえず時代劇・西部劇・カンフー物などの元ネタはパンフレットその他でいくらでも参照できますのでさて置くとして、ストーリーの骨格となる筋だけ抜き出してみると、よーするに「キル・ビル」というのは娘を奪われた母がダンナから親権を奪回してついでに決別を宣告するというドメスティックな愛憎劇なわけですよね。それは外部に男性性を必要としない「戦うヒロイン」が他者としての夫(自分以外の"男親")を棄却していく道のりだと言い換えることも可能でしょう。(母性も父性もひとりで担当させられる「強い女性」の在り方ってのはある意味すげぇご苦労様だと思うんですけど、僕はフェミニズムには疎いんでそれ以上は何とも言えず)
そんなことをある程度以上真面目に突き詰めれて考えれば、このVol2はごくごく自然な成り行きのまま幕を下ろしたといえるかもしれません。
今回、前作のような物量で攻め立てる派手な動的快楽はありませんが、ドラマとしてとても引き締まった展開になったので、また別の種類の満足感を得ることが出来ました。何より、すべての出来事の源泉であるビルという男をここまで魅力的に描いてしめくくったのが素晴らしい。デビッド・キャラダインといえば僕は「デス・レース2000年」くらいしか観てないんですが、こんなにも円熟・老熟という風格が漂うヒトなんですねぇ。極悪人だけど単なる憎悪の対象にもできないビルの複雑な人物造形を、タラちゃんの手腕とキャラダイン氏という配役が完全に成功させております。惚れた。
前作を比較対象にして「物足りない」と思うか、前作からひとつなぎにとらえて「うまくシメたもんだ」と思うか。人それぞれではありましょうが、僕は後者だという感想を抱きました。