フロイト曰く「映像で思考することは、ただきわめて不完全な意識化である」とのこと。
でもそんな簡単に片づけられてもなぁ、と。
……えー、なんというかうまく表現しきれないのですが、
幼い子供のころ、僕はほとんどの時間、映像でモノを考えて生きていたような覚えがあります。
過去の出来事を想起するにしても未来の何事かを想定するにしても、とにかく頭の中でいじくる観念の素材はただ絵的なイメージのみで、言語文章を用いたモノローグはまったくといっていいほどおこなわなかった……という時期が、かつてたしかにあったように思います。(だから人との会話や読み書き作文はかなり反応・反射的な作業だった)
それが変わってきた時期はわりと明確に覚えていまして、小学校から上がり中学生になってまもなくの数ヶ月間、ふと気づくと自分がまず文章(文字言語イメージおよび発音しない仮想音声)を使って思考していることに気づく瞬間がたびたびあり、やがてその頻度が次第に高くなってきたのです。
そして今では映像と文章の両方を適宜取り混ぜて思考しているのですが……
果たしてこれは一般的な成長過程の結果なのかそうでないのか?
他の人たちはいったいどういう素材によってモノを考えているのか? そして子供のころと大人になってからでその思考様式に違いはあるのかどうか?
また、いわゆる天才と呼ばれる人間には我々凡人では想像も付かないような思考方法があるのではないか?
などなど、あれこれ気にはなりつつも、あえて周りの人に尋ねる機会もないまま現在に至っております。
うーん。
どうなんでしょうか。